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昭和40年代後半から50年代にかけての時代。

日本は高度成長期を経て先進国とよばれるようになった。

わたしはその頃小学生。家の裏にあった小さな商店街。

時代の谷間にいつのまにか置いていかれてしまったそんな風景を

今、再現するという試みです。

これまでのお話

第6話 商店街のむこうに・・(最終回)

わたしの両親はもう長い間タバコを全く吸いませんが、以前はふたりそろって喫煙者でした。栄町商店街の端にある「角のタバコ屋」まで時々使いに走らされたことを思い出します。

まだ自動販売機もそれほど広まっていなかった頃。タバコ屋の小さな窓ガラスの向こうは畳敷きになった番台で、ちいさなお婆さんが店番をしていた姿が思い出されます。その頃は、まだわたしはお使いができるほどの年頃ではなかったので、いつも父か母と一緒に行っていたように思います。それほど記憶が鮮明でないこの頃ですが、小さな窓を通して「セブンスターください。」と母が言うと、皺が刻まれた手でゆっくりとそのタバコが小窓から押し出された映像が脳裏に浮かんできます。

その後、店先に自動販売機が置かれました。それでも番台でも手動(?)でタバコは売られていたと思います。現在、そのタバコ屋がどうなっているのか、わかりません。

このタバコ屋の前には郵便ポストが立ってあったので、タバコを買うだけでなく、手紙を投函するときにもここを訪れました。そういえば、切手や葉書も売っていたはずです。だからタバコに限らずいろいろと用事があってここにやってきたのでしょう。

その郵便ポストは帽子を被ったような寸胴の赤いポストでした。ペンキが何度も塗られたせいか、不均等な表面はてかてかと安っぽい朱色に光っていました。けれど、今から思えばこの表面の肌合いがどこか人間的な温かさがあったように思われます。その後、標準タイプとなった四角くて二つ投函口のあるポストは何とも味気なさ過ぎます。

※※※※

これが栄町商店街のおしまいです。

金魚屋からタバコ屋まで、いろいろなお店が並び、いろいろな人がいました。今ではすっかり活気をうしなってしまったこの商店街。わたしの思い出の中からひょっこりと飛び出してきたおじさんやおばさんたちも、亡き人となってしまった方が多いことでしょう。

今は遠くなってしまった昭和40年代。この30余年の間の「文明」の変化は、科学技術がやや進歩した程度で、表面的にはともかく、根本的にはそれほど大きくないように思います。けれど、気が付かないうちに失ってしまったものは、実はとても大きいのではないのかしら、とこの「栄町商店街」再現を試みながら感じました。

外国を旅していて、「あ、ここ、何か実家の近所みたい・・」と思うことがときどきあります。もちろんそこに住む人々も家々の様子も異なるのですが、流れる空気や色が似ているのです。そんな街角が次の世代やもっと先まで残されていることを願います。

おしまい