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2002年1月24日〜2月10日

チャイナタウンの精肉店にて。豚さんです。

 

第3章 躍動のペナン

@ペナンの町

ペナン島はマレー半島の西に浮かび、本土とは橋でつながっている。昔から交易の中心地として発達し、現在でもクアラルンプールに並んでマレーシアに於ける経済の要となっている。クアラルンプールとの大きな違いは、ペナンの住人の多くは中国系であり、今でも昔ながらの華僑が作った町が多く残されているところである。町を歩けば、漢字の看板も多く見かける。

カメルーン高原を後にしたわたしたちは、ひたすら車を走らせ、長い橋を渡り、ここ、ペナンにやってきた。ペナン島の名前はもちろん、以前から知っていたが、こじんまりしたリゾートアイランドを想像していたわたしにとって、中心部に聳え立つ高層ビル街は、大きな驚きだった。

最初の日は島の中心であるジョージタウンで過ごした。ホテルを出て少し歩くと、極彩色に彩られた祭壇が道の端に並んであるのに出くわした。このペナンにはヒンズー教の有名な寺院があり、昨日は1年で最も大切なお祭りで、マレーシア全土からヒンズー教徒がここに集まっていたのだ。今日は、もうお祭りは終わっており、これらの祭壇も片付けが始まっている。もちろん、わたしたちはこのお祭りのことは知っており、敢えて日をずらしてここにやってきたのだ。せっかくの機会だから見たかったような気もするが、その混雑ぶりを想像すると、こうして名残を見るだけでも充分かもしれない。

まつりのあと。象の姿をした神様もいます。

ペナンの中華街はかつてのシンガポールの姿を今日に残していると言われている。やけに小奇麗に近代的になってしまったシンガポールだが、その昔はここのように混沌とした中に溢れるばかりの生命力が渦巻いてい たにちがいない。精肉店の軒先にぶら下がっている豚たち、八百屋の前に積み上げられた様々な種類の新鮮な野菜。電機店や骨董品などを扱うお店がアーケードに立ち並ぶ。日本人観光客も多いのか、日本語で書かれた看板も見かける。

街角の食堂に入り、夕食をとる。飲み物はいつもながらの甘いアイスティと、ビール。ここではビールが飲める。(マレーシアは厳格なイスラム国家。マレー人が経営するレストランではアルコールが飲めない。)ここもいわゆる「コーヒーショップ」で、食堂の経営者は飲み物だけを販売し、そこで屋台を出している数軒の店子に食べ物を注文するシステム。麺を売っている屋台があったので、義母とのぞいてみる。これは、いわゆる「ラクサ」と言われているラーメンで、ココナツ風味のスープでいただくマレー料理の代表的なもの。義母はこれを注文してみることにしたが、麺を売っているおじさんはとても英語が通じそうにない。屋台の前で困惑しながら立っているわたしたちの様子を察して、おじさんは身振りで「注文したいのか?何人前?どの麺にする?」などと尋ねてきてくれたので一安心。麺の種類には黄色い麺(ラーメンの麺)と白い面(米の粉でできた麺)があり、好みで選べる。具の種類もお好みで選べるようだけれど、わたしたちはもう、おじさんにお任せしてしまった。

ペナンの街角で。チキンライス食べてます。

店内は、地元の中国系の人たちで賑わっていた。新聞を読みながら食事をしている人や2人で話に花を咲かせている老人など、そこにはペナンの日常があった。わたしたち観光客を特に珍しがるでもなく、かといって妙な疎外感を与えるわけでもない。そこには人間らしさのようなものがあった。

ジョージタウンという町の名前からも察しがつくように、ここはかつての英国領であり、コロニアルスタイルの建物も多く残されている。岸壁にそって立つ白亜のホテル「Eastern & Oriental」もそのひとつで、エレガントな建築と内装がシック。海を臨むガーデンでカクテルなどを注文してみた。沖には数多の光をたたえた客船の影が静かに水面を滑っていく。ちょうど満月で、その光がぬめりとした黒い海原に映って揺れている。心地よい酔いが異郷の月夜を更に深めていく。

つづく

これまでのお話

 

 

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