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昭和40年代後半から50年代にかけての時代。

日本は高度成長期を経て先進国とよばれるようになった。

わたしはその頃小学生。家の裏にあった小さな商店街。

時代の谷間にいつのまにか置いていかれてしまったそんな風景を

今、再現するという試みです。

これまでのお話

第5話 イカ焼き屋

福寿司、アパートの並びには「はんこ」屋さんがありました。ガラスの入った引き戸を開けると、たくさん印鑑の並んだショーケースを兼ねた小さなカウンターがあり、その向こうには眼鏡をかけたがっしりした老人が座っていました。薄暗く、乱雑に商品が置かれてある店が多い栄町商店街において、このはんこ屋さんは、小奇麗に片付いており、そういう意味ではやや異質だったかもしれません。

また、わたしがそういう印象を抱いているのは、ここの若奥さんのためかもしれません。当時、うちでは度々印鑑を発注していたのか、よくこの奥さんが小さな子供を連れて出来上がったはんこを届けに来てくれていました。彼女は線が細い色白の女性で、髪はほんのり茶色に染めていました。大きな目はいつもやや伏せがちで、竹下夢路の描く女性のようでした。(実際のところは記憶がはっきりしませんが、そういうイメージが残っています。)少し現実ばなれした彼女のそういう様子がはんこ屋さんと強く結びついているようです。

はんこ屋さんの数軒先には「電気屋さん」と「質屋さん」が並んでいます。共に同級生のおうちで何度か遊びに行った記憶があります。電気屋さんのエイコちゃんのお母さんは17歳で母になったということだったので当時はまだ20代だったはずです。いつも明るくて楽しいお母さんでした。エイコちゃんのお兄さんはひとつ年上でマー君といい、ちょっとカッコいい男の子で、時々話をしては子供なりにときめいていました。何年か後にあまりつきあいがなくなってから、エイコちゃんのお父さんが自殺したという話を伝え聞いたときはショックでした。商売がうまくいかず思い余っての自殺だったのでしょうか。当時は知る由もありません。電気屋さんはたたまれ、エイコちゃんのお母さんは別の場所でスナックを始めました。

質屋さんのタナベさんは小学校5〜6年が同じクラスだったので、記憶としては鮮明に残っています。お店のショウウィンドウには質流れの品がずらりと並び、きらびやかでした。ご両親ともに地味な感じの方でしたが、タナベさんはおおらかで明るい女の子でわたしは大好きでした。お店の中は事務所のようになっていて、華やかなショウウィンドウとはかけ離れた雰囲気です。当時はあまり考えなかったのですが、いくらかのお金を工面するために所有物を持ち込んでくる。これって、現代の中に残る数少ない前時代的な商売かもしれませんね。

質屋の向かいにあったのは「イカ焼き屋」です。このイカ焼き屋のことを書くのがこの「幻の栄町商店街」の目的だったと言っても過言ではありません。イカ焼きとは大阪特有の食べ物で、水溶き小麦粉にイカの細切れを混ぜたものを鉄板で薄く焼き上げ、ソースをぬって食べます。鉄板は特殊なもので上下二枚から構成されています。まず最初に下の鉄板に生地を広げ、上の鉄板で挟み込み、さらにプレスをかけます。ホットサンドの機械の大型版のようなものです。このプレスをかけたときの音が「ジュー!」と快適で、たこ焼きと同じく食べるだけでなく作る過程を楽しむことのできる優良なおやつでした。卵入りになると50円アップ。焼きあがったイカ焼きの横の鉄板に卵をポンと割り落とし、その上にイカ焼きをのせ、もう一度プレス。ジューッ!できあがり。生地にはりついた卵の白と黄色の美しい模様。その上に飴色のソースをハケで手早く塗り、半分に追ってプラスチックの容器に入れ、くるりと紙で包んでできあがり。熱々を急いで家まで持ち帰り、がぶりとかぶりつきます。

ここでは老夫婦がいつもいっしょにイカ焼きを焼いていました。どちらも無口で愛想の無い老人でしたが、このイカ焼きに言葉は不要です。どんな容姿だったのか、はっきり覚えていませんが、おじさんの姿は何故か田中角栄に似た人が思い浮かんできます。ちょうど角栄が権力を揮っていた時代だったのでしょうか。

イカ焼き屋にはソフトクリームも売っていました。ソフトクリームのコーンはニッセイだかニッシンだか名前を忘れてしまいましたが、黄色い髪でそばかすのある子供がシンボルマークの会社で、当時ソフトクリームのコーン市場の占有率がかなり高かったのではないでしょうか。ソフトクリームの味は忘れてしまいましたが、このシンボルの絵だけが印象に深く残っています。

いつの間にかこのイカ焼き屋も店がたたまれていました。それがいつの頃だったのか、今ではもう知る由もありません。

 

つづく

 

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