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新しい車を買うことになった。

それにともない、今乗っている車を下取りに出すことになった。

今まで7年半のわたしたちの生活。そのいろいろな場面の片隅に登場していたこのオンボロ車。その広いトランクルームにはたくさんの思い出が詰まっている。ガソリンタンクは幸せで満タン。アクセルを踏むと蜂蜜色の夢へと突進していく。

そんな愛しい思い出いっぱいの車へのお別れの挨拶です。

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1995年11月 ベルリン テーゲル空港にひとり降り立ったわたしは、ヨーガンの姿を見つけて安堵感に包まれた。9月にヨーガンがはじめてわたしの両親に会い、正式に結婚することが決まった。その頃、彼はドレスデンで働いており、翌年の2月からベルリンに転勤。それに併せてわたしがドイツに渡ることになっていた。結婚式場の下見、新居探のほか、家具など生活に必要なものを揃えるために、わたしはこのときベルリンを訪れたのだ。

少し前に彼が今まで乗っていた車が壊れたので、新しい車を買うことにした、というファックスを送ってきていた。どんな車を買うかは、書かれていなかったが、「もしかしてBMWとかだったらカッコいいな」などと軽薄なことをわたしは思っていた。ヨーガンが駐車場に車をとりに行っている間、わたしは空港ビルの出口で待っていた。もうすでに日はとっぷりと暮れ、はく息が白い。切れるような寒さにもかかわらず、長時間飛行のあとの気分の高揚と彼との再会を喜ぶ気持ちで、体の中は熱かった。そして、ついに彼が新車に乗って現れた。

そのフォームを見て、一瞬、「やった!BMWだ!ばんざい!」と思ったが、よく見ると「S」の字をかたどった知らないマークがついている。それはSEATというスペインの自動車会社のTOLEDOという車だった。「なんだよ!そんな車知らないよ!BMWじゃないのね・・。」なんて口にするわけにもいかず、ちょっぴり落胆しながら、初めてこの車の助手席― その後現在に至るまでわたしの定位置になるその助手席に腰を下ろした。

それがわたしとTOLEDOとの出会い。

 

 

1996年2月 わたしは再びテーゲル空港にひとり降り立った。けれども、前年の11月のときとは気持ちが全然違う。今回わたしは片道航空券しか買わなかったのだ。わたしの新しい人生がそのとき始まろうとしていた。

ヨーガンが同じように迎えに来てくれていた。たくさんの段ボール箱に詰め込んだわたしの荷物を車のトランクに収め、新居へと向かって車を走らせる。11月のときとは比べ物にならないぐらいの切れるような寒さ。車の窓も白く凍っている。市内高速道路のオレンジ色の電灯に浮かび上がった風景はどこか無機質で、わたしの不安を掻き立てる。

前回、2人で決めたアパートは、ヨーガンが二日前から住んでいて、家具なども入れて生活の準備を整えていてくれた。鍵を開けて中に入ると、薄暗いリビングの窓際に大きな黒い影。一瞬、ギクリとしたが、明かりをつけてみると、それは花瓶に生けられた大きな赤いビロードのような薔薇の花束だった。

そうしてわたしたちの生活が始まった。

 

 

つづく